【勝手に映画部】こういうのが好きな女子は、僕にはきっと手に負えないの巻 by TOKI

 

ども、tokiですよ。

今週は、”揺れる思春期の男女の機微”を描いた映画特集です。邦画限定で。

いやー、こういう映画が好きというと、なんか、オシャレぶってるみたいで、僕はぬう…となります。

映画好きが映画好きのために撮った気がしてしまって…しかし、まあ名作が多いのも確か。

とりあえず先に、これから紹介する3作品に共通する”こういう映画”のテーマ、要素を言っておきますね。

これ覚えといたら、”こういう映画”、ひとくくりに飲み込めるから笑

 

「90年代以降、バブルのキラキラもなくなり、”どう生きるか”見えない時代へ(遅れてきたポストモダン)。

”自分らしさ””個性”だなんて言葉が複雑に絡み付き、”何しても良いよ”という不自由な自由を与えられる若者たち。

そこはミッションのないオープンワールドゲーム。終わりのない日常をただ戯れて楽しめればよいのだが、そうはいかない者もいる。

彼らはここで生きるため、オウムのような妖しい光に集い、或は、自分の価値を極端に落としてしまうことに…。」

 

はい、こんな感じ。

まあ、名作も多いし、なにせ語られる機会も多いので…一回は観ておいていいのではないでしょうか…。

 

 

①害虫

がいちゅう

 

 

あらすじ:父親はいない、母親(りょう)は自殺未遂、小学校教師(田辺誠一)との噂がもとで学校にも居場所がない中学一年生の少女・北サチ子(宮崎あおい)は、学校に行かずに、万引き当たり屋で生活している年上の少年タカオ(沢木哲)や精神薄弱のキュウゾウ(石川浩司)らと日中を過ごしている。クラスメイトの優等生夏子(蒼井優)はそんな彼女を心配しているが…。

 

ね、上のテーマっぽいでしょ?

中学生の宮崎あおいが可愛い。蒼井優は相変わらず、なんかこう、ムカつく(いや、そのくらい圧倒的存在感)。

2002年公開。90年代を反省的に捉えつつあるゼロ年代、こんな作品がわんさか出てきました。

景気が悪いときはね、自主映画が面白いの法則ですよ。

この映画は、分かりやすくテーマを描いていると思います。

果たして、害虫とは、誰のことなのでしょう。宮崎あおいはどんな選択をとるのでしょう。

カットが、嫌らしい。存在の軽さをひりひり感じさせる、ちょっぴり、いや、だいぶ残酷な、映画です。

 

②リリィ・シュシュのすべて

 

リリイしゅしゅ

 

 

あらすじ:田園の広がる地方都市で暮らす中学生の蓮見雄一は、学校で突如荒れだした同級生の星野修介にいじめを受け鬱屈した日々を送っている。唯一の救いはリリイ・シュシュというアーティストの歌を聞くこと。自ら「リリフィリア」というファンサイトを主宰し、様々なリリイファンと交流する中で【青猫】という人物に出会う。日を追う毎に過酷になっていく現実と、リリイの歌の世界とのギャップを埋めるように【青猫】と心を通い合わせていく雄一。そしてついにリリイのライブで【青猫】と対面する。

 

2001年公開。岩井俊二監督。けっこう有名な、はず。

またまた蒼井優がヒロインっぽく出てきます。こういう映画にほんとぴったりの体躯ですよね、彼女。すごい。だから嫌いだけど…笑

「害虫」も、「リリィ」も、終わりなき日常からの悲劇的な脱出、というまあ共通項はあるのですが、

こちらの方が、音楽と映像美がぐっとくるので(改めて言うと、この昂りは嫌いな感情です)、飽きないかも。

それと、この映画は面白い試みをやってまして、このリリィってのは架空のネット上の存在みたく扱っているんですね。

作中には一応出てきますが、はっきりとは映されません。それでいて、ネット上では盛り上がっていて、

そのサイトは実際に作られて、一般人も参加できるんです。つまり、現実と作中の境目を曖昧にしたのです。

そういう”危うさ”を孕んだ何かに、心を寄せてしまう。

恐ろしいですなあ。

 

③台風クラブ台風くらぶ

 

 

あらすじ:高見理恵らは高校受験を控える、ある地方都市の中学3年生。一見、普通の中学生のように振舞っているが、心の奥底では「何か」が起こることを期待している。ある日、理恵のクラスの担任教師の梅宮の授業中に、梅宮の恋人の母と叔父を名乗る大人たちが乱入し、梅宮に恋人と早く結婚するよう迫る。翌日、台風が理恵たちが住んでいる町を直撃する。

 

1985年公開。

テーマはどんぴしゃなんだけど、うん、世間的には、まだそういう流れになってない、っつうか、まだバブルすら始まる前。

だから今作はカルト的な人気を得たし、年を経てじわじわ人気となっていった。

内容は、台風で学校に閉じ込められた男女が、人生についてあれこれ考え、あれこれ答えを出す物語(雑)。

中学生らが笑いながら裸で外で踊り狂うシーンが問題となったり(ロリコン歓喜ですね!)。

凄いのは、そういう不安定な空気を、85年にすでに予見していて、しかも打ち抜こうとしていること。

改めて観ますと、やっぱ、すっごい力量の作品だと感じました。

 

「厳粛に生きるための、厳粛な死が与えられていないから、狂ってしまうのだ」

 

クライマックスの台詞です。

90年代以降、「害虫」や「リリィ」で迷う宮崎あおいや蒼井優へ連なることば。

 

「私たち、どうやって死ねばいいのかしら」

 

意味を見いだそうとするから、何もかも無意味になる。

裸で踊る彼らは、生に意味を捨てて、ただただ、戯れることを選択した。

やがて、時は、サトリ世代といわれる、僕たちへ。

 

…やっぱ、こんなこと言ってる女の子、俺の手には、はい、負えません。

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