【名言リレー】第8回「フィンランドの英雄」:茶々

<名言リレールール>

① 指名を受けた人は自分が思う【名言・名台詞】を1~3つ選び、思い入れを存分に語る。
(更新日は日曜日)
②指名を受けた人は、その名言に関連する写真を最低1枚掲載する。
③指名の対象は、1回でも上海ゲーム部HPに投稿した事のある人を選ぶ。
④指名の対象は連続で同じ人物を指名してはならない。最低中2週開ける事。
⑤ジャンルは人それぞれ自由です。
 アニメでも特撮でもドラマでもマンガでもゲームでも小説でも偉人の言葉でも!
(但しその作品を知ってもらうために、出来るだけ注釈をつける)

ルールは簡単。自分が思う名言・名台詞についてこの場を借りて語るだけです。
要はその内に秘めたる想いをこの場を利用して吐き出してしまおうというものです(笑)

 

Uさんからリレーを受け継いだ茶々にゃ

にゃん名言を御所某してたけどあえてしない!!
と言うわけでフィンランドの英雄「マンネルヘイムの名言」だにゃ!!

まずはマイネルヘイムについてはしょって説明にゃ

Carl_Gustaf_Emil_Mannerheim
マンネルへイムはフィンランド大公国に生まれました。
フィンランド大公国とは、簡単に言えばロシアの従属国でした。
そんな中、彼は士官候補生として、ロシア帝国陸軍に入隊し、
日露戦争を経験し、WW1にも参加しました。
しかし、1917年にロシアでは2度の革命がおき、
史上初の社会主義国家、ソビエト社会主義共和国連邦が樹立します。
それに乗じた混乱によってフィンランドは独立することになります。
しかし、独立後のフィンランドは一つ目の困難に直面しました、それがフィンランド内戦です。
この内戦でマンネルへイムは自作農や資産家階級層の白衛軍側を巧みに指揮し、勝利に導きます。
2、3、4つ目の困難は冬戦争、継続戦争、ラップランド戦争です。この戦いは
おおまかに1939年11月30日 – 1945年4月25日まで続き、マンネルへイムは、
高齢(冬戦争の時点で70歳を超えていました)ながらも最高指揮官として、
軍事面や政治面などでその手腕を発揮しました。
そして、1944年から1946年にかけてフィンランド第6代大統領となり、
戦後、フィンランドにつきつけられた厳しい現状を解決するために奮闘に、
独立をフィンランドの独立を守り抜きました。
マンネルへイムは救国の英雄として、フィンランドの象徴となっています。

というわけで紹介するには、名言は冬戦争・継続戦争の時の名言だにゃ。

「戦える力がまだ残されている今こそ、和平交渉を行わねばならない。
軍が壊滅した後、何を交渉材料としてソ連と協定を結ぶのだ。残されるのは、完全な屈服だけだ」
「戦果に酔ってはいけない。前線は恐ろしい現実が迫っている。私はどんな条件でも即時講和を支持する」
この名言は冬戦争の時に軍の総司令として時の大統領に伝えた言葉だにゃ。
マイネルヘイムは実に政治駆け引きと現実を良く理解していたと思うにゃ
この時はフィンランド軍は善戦をしていてソ連軍に負けていなかったから
抗戦派が継続すべきといってたはずにゃ!!
これを言えるマイネルヘイムはすごいにゃ!!

「かつて我々は自らの手で独立を果たし、自由な未来を守ると誓った。
自分たちの国を自らの手で守ることの出来ない国の主張など、他国は認めはしない。
我々は自分たちの手で未来を守らなければならないのだ」
これは継続戦争時に言われたことばにゃー
マイネルヘイムの信念を良く現していると思うにゃ!!
独立国のあり方で心に刺さるにゃー

「自国すら守れない民族を他国が助けてくれるはずがない。
もし、助けてくれることがあるなら、何か別の野心を持っているだけのことである。
従って、大国に頼り切ることは大国に逆らうのと同じくらい危険である。」
これも継続戦争末期の言葉にゃー
現在の日本の状況に当てはまるにゃ・・・(==;;

あと豆知識として第二次世界大戦の中、枢軸国側陣営で、唯一分離講和を行い独立を守った国であると言っておくにゃ!!

興味がわいたら以下のリンク(要VPN)や「雪中の奇跡」、「継続戦争」で調べるとさらに面白いと思うにゃ。

フィンランド戦記(要VPN)

今回は1>の変わりに茶々が心に刺さる名言をご紹介したにゃ!!

次回はNさん宜しくお願いしますにゃー(>w<

 文章:茶々

【関連してそうな記事】



宜しければ上海ゲーム部を応援していただけますよう、よろしくお願い致します。
(下のタグを1クリックして下さい。)


にほんブログ村 海外生活ブログ 上海情報へ

Tags: ,

Leave a Reply(コメント)

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*
*