【マドロミの単語帳】♯16:竜(X-Phrase/A02)
…こんな夢をみていた。
「ええい、我が妹は、Phraser(フレイザー)は、まだ来んのか!」
真紅の軍服を身に纏う彼女―紅花(ホンファ)―は
その幼さの残るあどけない顔に怒気を含んで叫んでいた。
「射出隊からの報告によると間もなく…ぎゃあああああ」
そこで通信が途切れる。
戦闘支援型スマートバイザーにロストの表示が踊る。
塹壕の状態のよい場所に動いて衛星通信のチャネルを開くと、
向こうで展開している第一部隊が巨大な刃物で横なぎにされていた。
否、刃物ではない。それは巨大な爪だった。
まるで紙屑のように四散する兵士。
”彼”は無残に散らした人間の残滓を喜ぶように
その禍々しい舌で舐めとると、大きく大気を振るわせ咆哮した。
真紅の翼。
鋼鉄の弾丸さえも通さぬ鱗。
最新鋭の武装さえも軽々と両断する爪。
紅竜。
そう、彼女のバイザーにはたちの悪い神話に出てくるような
真っ赤なドラゴンが映し出されていた。
(まだだ、まだ諦めるな、そもそも危険は承知の上。
音素の補充とフレイザーの輸送計画に抜かりはない。もう少しのはず…。)
紅花は自らの頬をぴしゃりと叩くと、
バイザーを起動し状況を確認する。
(まずは状況把握と優先順位の確認だ…)
死都と呼ばれるようになった旧東京に現れた巨大生物―異形―。
ヤツらに通常の攻勢兵器で致命傷を与えるのはほぼ不可能。
頼みの綱は超自然的能力を操るフレイザーのみ。
(目的の音素は採取した。
これさえ持ち帰れば我らが幇(バン)も党中央に食い込むことができる。
考えるべきはこれを守るために”何が差し出せるか”だ。となれば…。)
彼女の瞳に炎が宿る。
「こっちだ、異形よ!」
バイザーから素早く全軍撤退命令を出して、
自身は塹壕から勢いよく飛び出ると、腰の閃光弾を紅竜に向けて放った。
偽物の太陽が紅竜の目前で弾ける。
グォォォ…
鈍い鳴き声と共に一瞬ひるむ紅竜。
しかし、その光が消え去ると同時に”彼”はこちらを振り返り、彼女を見つけた。
”彼”はゆっくりと彼女に近づき…
…黙して天を仰ぐ彼女を舐めるようにみてから、
鮮血で真っ赤に染まった大爪で押しつぶした。
◆
※単語17:りゅう【竜】
言わずと知れた伝説上の生き物。
恵みと破壊の化身。
一説によれば、
それは大いなる自然(それは時として脅威である)の象徴であったとか。
それを宥(なだ)めるのも、
それを切り伏せるのも、
人の宿命であろう。
◆
(上記はすべてフィクションであり、
特定の人物、団体、単語等とは一切関係ありません。)
文章:U
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