【上海パラノイア】 第18考

こんにちは。上海パラノイアです。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる」、これが本日の文化の日の大義名分だそうです。
思う存分に皆さんは休みを利用して文化を満喫できたでしょうか。

外でスポーツした皆さんは今すぐ反省してくださいね。それは体育の日にお願いします。

 

この季節になる、思い出すことがあります。
それは 将来の夢 です。

 

 

思えばこの季節から、年末に向けてからか、内定が一通り終わってからか、ただ嫌がらせなのか
よく将来の夢、という作文を小さい頃から強要されてきました。

 

きっと皆さんも、将来の夢 と出しされる作文を幾度なく書かされてきたかと思いますが
これがもう呪いのよう毎年毎年書かされるとそれはもう「夢を持て!」という脅迫に近いものがあります。

 

と、心ながら思っていた気がするすれまくり小学生である筆者は、確か3年生あたりに将来の夢の作成テンプレを作っていたのです。

 

「私の将来の夢は○○です  なぜなら華やかで楽しそうだから

 私の将来の夢は○○です  刺激に満ちていてチャレンジしたくなります。  

 私の将来の夢は○○です  テレビで見かける姿はとても凛々しくてあこがれてしまいます。

 私の将来の夢はたくさんありすぎて、書ききれません。いつか来る将来が楽しみです」

 

とまあこのような構成的なものをもっと肉付けして書いてきました。たぶん。
夢そのものはいろいろ気分で変えてます。

覚えている限り小学3年から夢の提示を求められている限りずっと同じ構成で書き続けました。

 

—–

と、そこから10数20年たった今、本日に思い返してみました。

5年生までは、ずっと、はなまるもらい続けてました(ちょろい)

6年生のときに、たくさんの物事に興味を持つのはいいことですが、ひとつに深く掘り下げろといわれました。お?と思いました。

中学校のときには、具体的な職業などがいいですねとかかれました。

中学3年のときには、何も言われませんでした(たぶん頭お花畑と思われていたでしょうね。)

 

たぶんそこらへんで、学校という主体からは夢を尋ねられなくなりました。

 

そのかわりに、高校からは友人とこういう話題をするようになります

「お前。将来なんかしたいことあんの」

 

高3のときは、とりあえず大学進学しました。
将来の夢がなんだったのかは、もう覚えていません。そもそも最初からそんなものがあるのかもわかりません。

 

でも、日々は楽しかったです。

————–

 

そして今、僕は上海にいます。
夢なんか意識したこともないですが、楽しくゲーム部で遊んでます。とりあえず楽しみだった将来の部分は、そう間違ってもないと思います。

 

まあなんだ、夢を持つことを強要するなよ。それは人間の機能であって、義務じゃないでしょうと、そんな文化の日。
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紙樹

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