無茶ブリ3行リレー劇場ゲームルール:
①無茶ブられた人は、最低3行以上(出来る限り沢山書いて下さい)の小説を無茶ブリした人の話に引き続き書く。(更新日は日曜日)
②無茶ブられた人は、その週の話に関連する写真を1枚小説と共に掲載する。
③無茶ブリの対象は、1回でも上海ゲーム部HPに投稿した事のある人を選ぶ。
④無茶ブリの対象は連続で同じ人物を指名してはならない。最低中2週開ける事。
⑤作風は人それぞれ自由。
⑥1作品、10話目で絶対に完結させなければならない。
第4話 【サイコロ】
自分で決めたとおり、一杯だけ頼んだ酒を飲み終えると、家に帰ることにした。
あの老人・無張は「楽しみにしてる」と、顔をしわくちゃに歪めて笑い、バーから出て行く私にエールを送ってくれた。
家に戻って、小さな声でただいま、とつぶやく。
誰かいるわけではないので、そのただいまは暗い廊下の向こうへ消えていく。
脱いだ靴をそろえることもしないで、私はそのまま廊下を歩いた。
2LDKの部屋は独り者にとって少し広すぎるくらいで、寝室ではない余っている部屋には使わない荷物をたくさん置いている。いわば物置状態だ。
コートも脱がずに私はそのまま物置部屋で探し物を始めた。
少し汗ばみ始めたが、お構いなしに中途半端に開いたダンボールに手を突っ込んでがさがさと漁る。
20分ほどして、ようやく私は目当てのものを探し出した。
「あった・・・・・・」
ホコリをかぶった皮製の防具がそこにあった。
若干かび臭くはなっているものの、革製品特有のにおいが鼻腔をくすぐる。
防具の真ん中には牛の髑髏と薔薇のエンブレムがあり、古い血の痕がこびりついていた。
これはもともと私が使っていた物ではない。
死んだ祖母の形見である。
祖母は遅咲きのハンターとして、世間を賑わせた人だった。
大正生まれの祖母は、当時の女性としては非常に活発な方で、幼い頃から男の子に混ざってスポーツをしたり、欧米諸国のものや流行ものにはすぐ飛びついていたそうで、よく親を困らせてもんだと綺麗に残った歯をむき出しにして笑っていた。
そんな活発すぎる祖母は当然嫁の貰い手がなかなか見つからず、戦争が終わってから帰国した祖父と結婚、姉さん女房として家庭を支え、60が過ぎてから空手を始めたり、70になってからはパソコンや携帯を使い始め、80を過ぎてからはついにハンターとなってしまった。
スポーツが好きだったおかげか、80とは思えない集中力、機動力、動体視力、そして戦闘力。
瞬く間に祖母の噂は広がり、家にはいろんな人が祖母にひと目会おうと押しかけてきた。
そんな祖母を見て、祖父は「昔っからオラよりもてるんだなあ」とちょっとだけ嫉妬したような表情でつぶやいていた。
そして3年ほど前、祖母は大事な狩りがあるから早く寝る、と言ってそのまま帰らぬ人となった。まるで声をかけたら「なんだい」と言って今にも起きてきそうな気がしたが、目が開くことはなかった。
葬儀にはたくさんの人が来て、祖母に感謝の言葉を述べてくれて、私は「ありがとうございます」と頭を何度も下げたものだから次の日首が動かなくなったくらいだった。
さて、そんな祖母の使っていた防具を私は装着してみた。
背格好が似ていたからか、防具は不思議と私の右足に馴染む。
祖母と何度か狩りに出たことはあるが、あまりにレベルが違いすぎて足手まといになるばかりだったあの頃とは違う。
きっとこの防具を使いこなせるはず。
祖母の右キックを思い出しながら私は右足を思い切り引いて、蹴りあげた。
ドゴッ、と鈍い音がしてアルバムがたくさん入ったダンボールに右足が当たった。
運動不足がたたったのか、運悪く防具でガードできない足の小指に当たってしまい、私は雄たけびをあげながら畳の上を転がった。
ダンボールから飛び出したアルバムの写真が開く。
笑顔の祖母がそこから見え、「何やってんだい」と笑われたような気がした。
おばあちゃん、私行くよ。
あのサイコロが欲しい。
・・・・・・とりあえず、明日からジョギングを始めて、仲間を探そう。
私はそう心に誓って、髑髏と薔薇のエンブレムにそっと口付けた。
次のターン:【しもみん】さんを指名します。
メッセージ:この後書きにくかったらすみません・・・!
文章:ゆず
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