第6話 【サイコロ】
「ノーカン!! ノーカン!! 今のはノーカン!!」
ドアを開けると、突然怒鳴り声に襲われた。
老紳士の声でも、女性バーテンダーの声でもない。知らない男性の声だ。
男はカウンターに両手をつき、カウンターの向こうにいる誰かに向かって怒鳴っている。
「今のは俺の本気じゃなかった!! まだ俺は負けてない!! もう一回勝負してくれ!!」
「そう言われてものぅ、わしももう今日だけで100回以上ダイスを振っている。もう疲れてダイスを振る体力なんて残っておらん。お前さんも家に帰って休んだほうが良い。」
どうやら男は無張に向かって怒鳴っていたようだ。
「そのダイスを手に入れるまで俺は帰らないつもりだ。それに、そのダイスがあれば疲れなんていくらでも取れるんじゃないのか。」
「むぅ。そうは言われてものぅ…」
男はダイスのことを知っている?それにダイスを欲しているのは私だけではないようだ。
そんなことを考えていると、無張は未だに開けっ放しのドアの隣に立っていた私に気づき
「おぉ、お前さん来ておったのか。そうだ、すまないがこいつの相手をしてはもらえぬか。こいつがしつこく勝負しろと言うものだからわしは疲れてしまっての。」
と突然こんなことを言った。
私が!?まさかサイコロを賭けて勝負しろとか言い出すんじゃないだろうな…
「悪いが大槻(おおつき)、この女性と勝負してやってくれ。心配するな。お前さんが勝ったらこのサイコロはちゃんとお前さんのものになる。」
言いやがった。
祖父といい祖母といい、無張といい…私の周りの老人は勝手過ぎるのでは無いだろうか。
大槻と呼ばれた男は無張の要望に対し
「いいぜ。しかし無張、俺だけが得をするっていうのも少し不公平じゃねぇか?まぁ、こんなやつに俺が負けるわけがねぇが。」
と少し私をばかにするような感じで言った。
「たしかにそうじゃな…彼女にはすでに我那屋からイャンクックを討伐するように依頼されておるから、今このサイコロを渡すわけにはいかんし…」
と言い、少し考えた後で
「そうじゃ。もし江美さんが勝負に勝ったのなら、大槻、お前さんこの女性と共にイャンクック討伐に行って来るというのはどうじゃ?たしかお前さん、前は大剣を扱うハンターじゃったよな?」
と、これまたとんでも無いことを言った。
しかし大槻は
「いいだろう。」
と、よほど自信があるのか、それだけ言ってカウンターの椅子に座った。
(いやだ大剣なんて!空中を泳ぐのはもうこりごりだ!)
サイコロをこのまま渡した方がましだ!と思ったが
既に無張がルールの説明を始めていた。
「ルールは簡単。わし特製の3つのダイスを一度に振る。出目の合計が高い方が勝者となる。勝負は一回きりじゃ。」
一回勝負か……勝てるかな…
そんなことを考えていると大槻が言った。
「俺が先に振らせてもらおう」
大槻は3つのダイスを両手で包むように持ち
少し念を込め
ダイスを振り
カラカラと音を立てながら3つのダイスがテーブルの上に落ちた。
出目は………16。
いきなりとんでもない数字が出た。
「次はお前の番だぜ。もう結果は見えているがな。」
正直勝てる気がしない。
私は恐る恐るダイスに右手を伸ばし、一つずつ左手の手のひらに乗せていった。
両手がかすかに震えている。ダイスを振るのが怖い。
もう終わりだ………と、そう思ったとき
―――おら、強ぇ奴に会うとわくわくすんだ―――
―――大丈夫。あんたならできるよ。心配すんな―――
ハンマーを担いだ祖父と、ヘビィボウガンを背負った祖母の姿が一瞬サイコロの中に見え
そこから私に語りかけているような気がした。
幻だったのだろうか。
いつの間にかダイスを振ることへの恐れが消えている。小指の痛みも消えている。
もう、何も怖くない。
私はサイコロがのった手のひらをそのまま裏返した
サイコロがテーブルへ向かって落ちていく
隣で無張が、にやりと笑った気がした
カツン カツン カツン と心地よい音を立てながらサイコロがテーブルに落ちていった
出目は………18。
「なん……だと!?」
「勝った…!」
大槻はしばらく頭を抱えて何かぶつぶつと言っていたが、突然我に返り、
「装備を整えてくる。明日、神社前で会おう。」と言って店から出て行ってしまった。
約束はしっかりと守るようだ。
「さすが、勝負に負けたとはいえ、ハンターとしての彼は未だ健在であるようですね。」
と、いつからかそこに立っていた我那屋が言った。
相変わらず不思議な雰囲気の人だ。
「そうだ。本気で狩猟に行かれるのであれば、江美さんにはこれをお譲りいたしましょう。」
我那屋はそう言うと突然カウンターの上にかなり使い古された足用のプロテクターの様なものをおいた。
しかしなぜか右足だけ。
…私はこれをどこかで見たことがある気がする。
そうだ、これは…チェーンレギンス…
そういえばおじいちゃんもおばあちゃんも、足装備だけはいつもチェーンレギンスだった。
そして祖父はなぜか右足だけチェーンレギンスを装備していた
なぜ右足だけ装備していくのか訊ねたときには
「男なら右足一本で戦わなければならないときがあるからだ」
と言われてしまい結局何が言いたいのか理解できないことがあった。
おそらくこのチェーンレギンスは祖父のものであろう。
「なぜ、これをあなたが?」
「詳しいことはあなたが狩りから帰ってきた後に、全てお話いたしましょう。」
それだけ言ってその後我那屋は黙ってしまった。
どうやら我那屋は祖父について何か知っているようだった。
これはなんとしても無事に戻って来なければ。
次の日
私は皮製の髑髏と薔薇の防具を装備した。しかし右足だけはチェーンメイルだ。
武器は何も持たない。だけど私にはこの右足がある。
今なら、右足一本で勝負する、と言った祖父の言葉の意味がわかる気がする。
その後
神社前で大槻と合流し、二人で神社の奥へと入って行った
しばらくすると森に入り、またしばらく進んでいると
「もう少しで目的地だ。」
と大剣を背負った大槻がそう言った
「いよいよイャンクック討伐が始まるんですね」
私はそう言い身を引き締めた。
しかし少し開けた目的地で私たちが目にしたのは
ぼろぼろの姿で地に横たわるイャンクックと
その隣に立つ黒い影だった。
次のターン:【たま】さんを指名します。
メッセージ:あとは…頼みました…よ……(ガクッ)
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