リンダキューブとやら。
1995年10月、PCエンジンにて発売。
97年9月、プレイステーションで”リンダキューブアゲイン”としてリメイク。
サイコスリラー×ハンティングロープレ。
主人公はケン。ヒロインはリンダ。
あらすじ:リンダキューブの物語の舞台はネオ・ケニアと呼ばれる地球に良く似た惑星である。惑星ネオ・ケニアは8年後、回避することが不可能な巨大隕石の落下に見舞われ、壊滅的なダメージを受けることとなる。この星に住む主人公ケンは、恋人であるヒロインリンダと共に、ネオ・ケニアが壊滅するまでの8年の間に、可能な限りの動物を雌雄一対の「つがい」で収集し、箱舟と呼ばれる宇宙船と共にこの星から脱出することとなる。(wikipediaより)
彼ら以外の人類は別惑星への移住計画を進める。どうなるか、誰にも分からない。
隕石は絶対に回避出来ない。この世界に勇者はいない。奇跡も起こらない。
リンダキューブはRPGへのアンチテーゼであり(作者も名言)、誰も救えない。
だけど、ケンとリンダは箱船に乗り込む。神の悪戯か。どこへいくのか、やっぱり誰にも分からない。
きっと、ケンとリンダはアダムとイブとして再生の物語を歩むのだろう。
ゲームは、箱船に乗り込んだところで終わる。さらばネオケニア。ワールドイズユアーズ。
さて。ゲームシステム。ターン制バトル。マップ探索。シンプル。
しかしほんとに良く出来ている。
各地に現れる「動物」を倒せば、そいつを捕獲可能。
ただ思いっきり倒してしまうとぐちゃぐちゃになって捕獲できないので、
ぎりぎりで倒さなければならない。
これが難しくて、楽しい。レベルを上げすぎるのもダメ。大技の連発もだめ。ぴったり倒せたときの爽快感。
ポケモンにちょっと近い。けど、かわいいのはリンダだけ。
登場する動物はなんらかの影響でモンスター化。
ポケットじゃない、ただのモンスター。グロい。えぐい。
こんなのイカじゃない。
こんなのカバじゃない。
制限時間(隕石が落ちるまでの8年間)までに一定数捕獲すればゲームクリア。
プレイ中は常に時間が進み、街も、人も、すべて変化する。
ケンの母。
ケンを見届けるべく、ぎりぎりまでネオケニアに居残る。
悲しいはずだ。寂しいはずだ。一生会えないであろう息子に、決して涙を見せないナイスマム。
ハンター。
ネオケニアが終わる前にもう一稼ぎしようと、動物を代行で狩ってくれる奴ら。
敵じゃない。味方でもない。世の中、実際そんな奴らばかり。グレーゾーン。
リンダは、よく笑う。少し下品な笑い方がまたかわいい。
けれども、世界は毎分、終わりに近づく。
人は減り、動物も減り、やがて消えゆく。
冷たく、厳しい環境であるはずのネオケニアで、
ひたすらケンとリンダは笑い、愛し合い、「つがい」を探す。
はて世界は、こうも優しいのか。
世界の終わりはこうも静かで、こうも美しいのか。
否、世界は醜く、世界の終わりは、もっと無様だ。
何事も終わりのとき、真価が問われる。ならば、この世界は。
想った通り、世界の終わりに、狂気が満ちる。
皆、世界の終わりに耐えられず、綻ぶ。
そう、リンダキューブは終盤、急激に狂っていくのだ。
ケンの双子の弟、ネク。
ケンの暗部。裏地。KEN→NEK。ダークサイド。
劣等感。存在意義。ネオケニアの運命。
遂に殺人を犯す。世界を挑発する。理由などない。
悲惨な最期へ。
リンダの父、ヒューム。元元軍人。元ハンター。
その胸に縫い付けられていた、行方不明の母、アン。圧されて散る。
興奮剤の常用のせいなのか、リンダと容姿が似ていないことに苛立っていたからなのか。
プロフェッサー、エモリ。利己的。
むきだしの異形へ。
娘であるサチコを溺愛し、その愛は捩じれまくる。
リンダキューブアゲイン。
やはりただ者にあらず。
セカイ系という言葉がある。
世界と僕らの間にある無数の中間項を省いて、純化した物語群。
たいてい、エヴァンゲリオンが始祖とされる。
けれどもセカイ系は「世界の面倒さ、下品さ、どうしようもなさといった”醜さ”を徹底的に排除」した、
いわば「わがまま」で「臭いものには蓋」的な思想であるとも言われる。
だからそんな「わがまま」を戒めるように、シンジは「気持ち悪い」と嫌悪される。
ネクも、ヒュームも、エモリも、まるで「世界の醜さ」を代弁するかのように狂気に走る。
ネオケニアはどこまでも穢される。決して、ネオケニアをケンとリンダの愛の地にしない。
世界の”醜さ”と”無様さ”が、こうして突きつけられる。
世界は実にハードで、サヴァイヴァルなのだと。
でも、僕たちはこの世界で生きなければならない。
中2病は、世界を徹底的に批判し、綺麗なものを綺麗だと認めない。
だから中2病から脱却するためには、「世界を受け入れる」という処方箋が一番いい。
世界の終わりを温かく迎え入れるくらい、世界を愛さなければ。
じゃあ最後に、僕の大好きな曲。「世界の終わり」。
ああ、きゃりーぱみゅぱみゅの彼氏と不安になるピエロの今にも自殺しそうなバンドのことじゃなくて、
thee michelle gun elephant。1996年2月。どれもこれも、同じ時期。不思議。
https://www.youtube.com/watch?v=PImjio4EPgw
”悪いのはぜんぶ君だと思ってた、狂っているのはあんたなんだって
つぶやかれても、ぼんやりと空を眺め回しては聞こえてないふり
世界の終わりはそこで待ってると、思い出したように君は笑い出す
赤みのかかった月がのぼるとき、それで最後だと僕は聞かされる
ちょっとゆるやかにだいぶやわらかに、かなり確実に違ってゆくだろう
崩れてゆくのが分かってたんだろ、どこか変だなと思ってたんだろ
世界の終わりがそこで見てるよと、紅茶飲み干して君は静かに待つ
パンを焼きながら待ち焦がれている、やってくるときを待ち焦がれている”
…ふう、好き勝手書きました。大満足です。
文章:TOKI
最近のコメント